胸アツの照ノ富士優勝

わたくしスー女(大相撲ファン女性)でもなく、たまにテレビがついていれば見る程度。
若貴時代(古っ!)ならまだしも、今どんな力士がいるのかもほとんど知らない門外漢ですが。。。


今回の照ノ富士優勝には1も2もなく「感動した!」
(小泉さん風←これも古いか・・💦)


なんとなく興味をもって見始めたのは今場所中日くらいからでしょうか?!

照ノ富士の番付はなんと前頭17枚目。


17枚目なんてあるのですね(15枚目が一番下と思っていました)



怪我の影響で、なんと幕下序二段まで落ちたという照ノ富士が頑張ってる姿がどうにも気になり始めた。


序二段ってどのくらいかというと~~~


番付表では殆ど虫眼鏡。


十両以上が関取と言われるなかで、序二段はまだまともな関取と認められていないので全日の15日間の取り組みはありません。
テレビ中継もなく送り迎えもなく、自分で電車やバスを使って移動。

角界入りしたばかりでまだ髷が結えるかどうかの、10代中心の若手力士と一緒に半分の7日間の取り組みで終了。



あとは先輩のお世話したり、部屋の手伝いしたり時にはちゃんこ作ったり・・・etc

若手にとっては部屋の雑用と稽古を両立しながら角界のしきたりを覚えるという、いわば丁稚奉公のような期間。
この期間にスクリーニングをして、相撲界に残れるかどうか振り分けされるという時期でもあります。

曲がりなりにも関脇まで行き優勝決定戦にまで出ている照ノ富士が、本当に雑用係をしたのかどうかはわかりませんが~~


怪我がつらいだけでなく、この屈辱感というものは味わった本人しか絶対わからないものだろうと思います。
逆に「腫れ物に触る」みたいな扱いだとしても居心地の悪いもの。

幕の内時代は何人もの弟子や付き人を引き連れて、何くれと身の回りの世話をしてもらっていたものが真逆の立場になるわけです。
後輩たちもやりにくかったことでしょうし、本人もどれだけ辛かったことでしょう?!


自分だったらどうするかなと考えてみたけど。。。


考えるまでもなく「引退する!」一択!

弱っちい私はこんな屈辱には耐えられそうもありません。


それでも、勝ち名乗りのあとのインタビューで本人が何度も言っていたのは~~

「とにかく自分を信じて頑張った!!」

という言葉でした。

シンプルにして奥深い言葉だと大きくうなずきました。


怪我が大きな原因だったので、それなりに元々実力の裏打ちがあったといえばそれまでですが、”自分を信じる”って簡単なようで実は一番難しいのではないかと思います。



人数制限はありましたが、やっと観客をいれての大相撲興行ができた今場所。


照ノ富士にちょっと素敵な人生を教えてもらいましたわ。
ありがとうございます。





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